『the RESTAURANT』片山シェフと師匠の川手シェフが語るこれまでとこれから

ミシュラン二つ星を持つ東京・外苑前のフレンチレストラン『フロリレージュ』のオーナーシェフ、川手寛康氏が監修する白井屋ホテルのメインダイニング『the RESTAURANT』。群馬・前橋の食材に焦点を当て、ワールドクラスのクオリティで世界に向けて発信していくという、LocalからGlobalを見据えた強い想いを込めて「グローカル・キュイジーヌ」を掲げています。

川手シェフの監修の一環として、国内外さまざまなレストランのもとに2年にもおよぶ修行を重ねた片山シェフ。白井屋ホテル自体も5年以上の歳月をかけリニューアルの準備を進めてきましたが、『the RESTAURANT』としても実に3年近くもの準備期間を設けています。なぜ、ここまで準備する必要があったのか? グランドオープンを目前に控えた12月頭のひととき、川手シェフと片山シェフに、レストランのこれまでとこれからについて語っていただきました。

『the RESTAURANT』片山シェフと師匠の川手シェフが語るこれまでとこれから

『the RESTAURANT』オープンまで

ーーそもそも、川手さんが『the RESTAURANT』をプロデュースすることになったきっかけを教えて下さい。

 

川手:もともとは白井屋ホテルの仕掛け人である、田中仁財団の田中さんが『フロリレージュ』の常連だったことがきっかけです。白井屋ホテルができるからレストランの手伝いをと声をかけてもらったんです。でも前橋は未踏の地だったので(笑)、監修と言っても当時は全く想像ができなかったですね。土地を愛し、人を愛し、文化を愛さないと料理はできませんから、前橋のことを知らない僕が料理を作ることは難しいと感じていました。そのため、別でシェフをおいたほうがいいけれど、彼らがしっかり働ける環境は整えますという話から始まりました。

 

片山シェフはもともとここのシェフに決まっていて、1年間ほど国内外の名だたるシェフの元へと研修に行ってもらって、戻ってきてからの1年間は『フロリレージュ』で経験を積んでもらいました。

 

片山:僕は隣町の高崎市出身で、ずっとフレンチをやっていて、オーナーシェフとして2年弱自分のレストランも持っていました。その店に田中さんがゲストとしてやってきたのがはじまりです。その後田中さんのビジネススクールに参加して、色々と話をしていく中で白井屋のシェフとしてお誘いいただきました。

ーー監修と一言で言っても関わり方はさまざまですが、川手さんはどういった領域まで監修されているのでしょうか?

 

川手:本当はトレーニングまでと思っていましたけど、付き合いが長くなるほど家族のように感じてきていますし、この場所にも愛着が入ってしまうので、トレーニングではまだまだ終わらなさそうです(笑)。メニュー替えのタイミングを中心に、目を通すことになるのでは、過保護かもですが、どんな料理をつくり、どうお客様を楽しませていきたいのか。より近くでスタッフの話を聞きたいし、食べたいし、感じたいですから。

 

ーー川手さんと片山さん、お互いの印象はいかがですか?

 

片山:川手シェフは昔から見ていた憧れのスーパースターだったので、その方が自分のつくったものに対してジャッジ、ガイダンスをしてくれる……とんでもない環境ですよね。すごく嬉しいし、怖くもあります。もっと近づきたい、追っていきたい存在です。

 

川手:最初からスーパースターなんてのはいないとわかってますから。『フロリレージュ』で研修したから突然すごいシェフになるなんてこともないので、その中でどれほど必要なものを片山シェフに与えて、形になるかのほうが大事で。どれくらい吸収してくれるかに照準をあわせていたので、研修のなかで片山シェフの目指している姿が見えてきた感じですかね。『フロリレージュ』の卒業生だと、僕は思っています。

 

片山:むちゃくちゃ嬉しいです……!

『the RESTAURANT』のキッチンでメニューについて話すふたり。ほどよい緊張感のなか、どんな一皿にするか妥協なく考え、手を動かします。

群馬・前橋という土地だからこそできること

ーー前橋の土地としてのポテンシャルはどう感じていますか?

 

川手:食材なんて、見始めたらいいなってなっちゃうに決まってるじゃないですか!(笑)実際、見れば見るほどいいなと思いますよ。『フロリレージュ』でもお付き合いしたいと思う生産者さんも多々いらっしゃいますし。食材だけでいうと、京都に近いイメージです。京都には海産物があるけど、前橋は内地なりの良さがある。四季がしっかりとあるので美味しい野菜があり、標高差で家畜もポテンシャルを発揮できる場所だと感じています。

片山:知名度やブランド力は低い認識はありますが、海産物以外、意外と豊富なんです! 果物や野菜はもちろん、時期によっては山菜や川魚もあり、畜産も盛ん。食材に関しては豊かな土地だと自覚しています。前から「群馬の食材で、群馬のフランス料理をつくりたい」と思っていて、その延長線上に川手さんや研修先のシェフの半端ないイズムが加わった。そのエネルギーをより、生産者や故郷に注いでいくのが役目なのだと確信しました。

 

川手:独特なんですよ、この土地が。必然としてこの場所で牛を飼う、必然としてこの場所で下仁田ねぎをつくる。赤城山に牛を見に行ったときなんて、ここは日本じゃないって思いました。まるでハイジの世界みたいで! 群馬ってなんにもないんじゃなくて、特色を押し出せなかっただけで色々あるんですよね。いい食材は都心にいってしまっているけど、本来はこの場所で食べられないと。それこそが、地方に行く醍醐味じゃないですか。

ーー川手さんは『フロリレージュ』以外にもプロデュース・監修を行われていますが(ハレクラニ沖縄『イノベーティブ SHIROUX』、傳の長谷川シェフとフロリレージュ川手シェフによる新レストラン『デンクシフロリ』等)、違う店・土地で自分を表現するには?

 

川手:その場所でしか食べられないものを、ひたすら深い部分で作り出すしかないですよ。その作業はどこであろうが同じで、その土地のものを100%つかって料理することとも違う。「その土地以外のものも使っているけど、その場所でしか食べられない料理」は存在すると僕は思っていて。前橋のこの距離感で農家さんが、畜産家がいるからこそ生まれる料理は絶対にあるし、同じ環境下の場所はこの世にひとつとないんだから、深い部分で「ここでしか生み出せない一皿」があることが重要ではないでしょうか。

ようやくスタートライン。これからをどう見据えるか

ーーようやく実際のレストランを見てみていかがですか?

 

片山:これまで図面でしか見ていなかったので、実際にできたのを見たときはめちゃくちゃ感動しました。ここでのチャレンジは大きなチャンスでもありますし、結果をだしたいしシェフに恩義を尽くしたいです。そして何より、ものすごいプレッシャーを感じています(笑)

 

ーー新型コロナウイルスの影響はどのように表れましたか?

 

片山:ホテルの開業が半年以上伸びたので、チームになってくれるメンバーを集めづらいなどはありました。逆に、準備期間が増えたので研修がしっかりできたのはプラスに考えています。

 

川手:前橋って首都圏に近いがゆえに、生産されるものの横綱クラスが東京にいってしまうので、不思議なことに食材がほしいときは東京から送ってもらうなんてことも起こっているんです。ただ、コロナで東京に今までと同量卸せないから前橋で使ってもらいたいとなると、レストランとしてもいい食材を使えるチャンスになっているのでは。時間的ゆとりができたことで、生産者さんと密な関係性を築けたという面もあるかもしれません。あとは席数を絞る関係で、ホテルなのに二回転制にしているんです。それを率先して受け入れているホテルってなかなかないんですけど、ますますゲストと向き合える環境ができているとも言えるでしょうか。

ーーこれから『the RESTAURANT』で表現していきたいことは?

 

片山:『the RESTAURANT』では知らなかった群馬・前橋について食を通して出会うことができる。そんな場所にしていきたいですね。食を通して、前橋の良さや郷土、文化を、生産者からバトンをいただき、ゲストに料理として提供して、新しい味覚や香りとの出会いを届けることで、地元に尽力できたらと思っています。

 

川手:他の地域のシェフにも「こんなすごいもんあるのに何やってんの!」って連日言われているもんね(笑)。食材名聞いただけで、「それはずるいよ」って。

 

ーー川手さんは、白井屋ホテルと片山さんがどうなっていってほしいと思っていますか?

 

川手:いいライバルになってほしいですね。

 

片山:……引き締まります! ゲストに「前橋に来てよかった」と言っていただけるように、がんばります!

川手 寛康(写真左)

レストラン【フロリレージュ】オーナーシェフ。1978年生まれ。洋食のシェフであった父の影響で、迷わず料理人の道へ。【オオハラ エ シイアイイー】や【ル ブルギニオン】で腕を磨いた後、渡仏し星付き店で修業。帰国後【カンテサンス】のスーシェフを経て、自らの2009年【フロリレージュ】を開店、2015年に移転オープン。Asia 50 Best Restaurant 2018 3位、ミシュラン東京ガイド二つ星獲得。今最も注目を浴びているシェフの1人。

 

片山ひろ(写真右)

群馬県出身。【帝国ホテル】でキャリアをスタート。その後都内のレストランでの修行を経て地元群馬にて自身のレストランを開業する。2017年、自身のレストランを閉めて白井屋ホテルプロジェクトに参画。【フロリレージュ】やベルギーの【Hertog Jan】など、国内外の名店での2年以上にもわたる研鑚を経て、白井屋ホテルのメインダイニング【the RESTAURANT】のシェフに就任。

 

text / Ayumi Yagi

photo / Shinya Kigure