白川 昌生 / YOSHIO SHIRAKAWA

円環ー世界 「生成するもの Ⅰ」

 

1992

 

1948年に福岡県北九州市戸畑に生まれる。1970年に渡欧、ストラスブール大学文学部哲学科にて哲学を専攻。1974年、パリ国立美術学校入学、1981年、国立デュッセルドルフ美術大学を卒業。デュッセルドルフ時代にヨーゼフ・ボイスの「社会彫刻」の思想に強く影響を受ける。1983年に帰国、群馬に拠点を構える。自らの住む場所をテーマに作品制作に取り組む。また、美術家としての制作活動のほかに、精力的に執筆活動も行っている。

白川は1989年から前橋市内にあった北関東造形美術専門学校に勤務するのをきっかけに現在まで前橋に拠点を構えている。本学校は1976年に開学し、1999年に閉校となる。校内には、教育施設のほかに展示室が併設されており、白川がこの場所での企画を学生たちと行うために立ち上げたのが「場所・群馬」という団体でもあった。また、本学内に小倉正史をディレクターとした「現代美術研究所」を設立し、小倉とともにサルキスなど現代作家の展覧会を開催した。

本作は、1990年代の白川の代表作とも言える作品である。1990年代のほとんどを白川は本学の教師として過ごし、学校側も白川の活動の重要な支援者であった。この時期に制作された作品の多くは残念ながら現在まで残されていないものが多いなかで、本作は当時の制作を知ることのできる非常に貴重な歴史的作品と言える。タイトルの《円環—世界》は、この時代の白川の思考を象徴する概念である。「円」というモチーフは、白川にとってはヨーロッパ滞在以来の重要なテーマであり「『円』の形は私にとって、それは形でもあればそれ自体で思考、概念、構造でもあったりしたために、はじめは私の手の中に形はやってきても、その姿を確かめようとしたり、その由来をさぐろうとすると消えていってしまう不可解な存在であった」(白川昌生「極東の日の出づる島より」『SHIRAKAWA 白川昌生作品集』現代企画室、1995年、20頁)と、書き残している。円は、モチーフである共に、同時にある動きの軌跡でもある。そこに象徴されるものは、「太陽の動き」や「仏教の輪廻」を彷彿とさせながら概念や思考や形が融合し調和している一つの世界観を白川は表現していると言える。

本作の制作当時、北関東造形美術学校の展示室で発表され、その後、1992年に佐賀町エギシビット・スペースで開催された個展「円環—世界」の際に同タイトルの立体作品とともに展示された。円環というテーマを立体と平面で表現した作品であるが、立体作品自体は残念ながら既に消失している。

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