2020.11.01

GENERAL

MAEBASHI

奇跡のホテルが生まれるまで。

構想から6年あまり。白井屋ホテルがどうやって生まれたのか?白井屋ホテルは宿泊されるお客様や前橋市民の皆様にとってどんな場所になって欲しいのか?再生プロジェクトを主導した田中仁財団・田中仁さんと前橋まちなかエージェンシーの橋本薫さんに、誕生秘話とホテルの目指すべき姿を語っていただきました。大勢の想いと願いが込められた白井屋ホテルのバックグラウンドストーリーをお楽しみください。

誰にとっても心地よい居場所の創出

田中:一番最初に白井屋ホテルという名前を聞いたのはアーツ前橋の開館セレモニーでした。2014年のことです。館内にあるカフェで橋本さんから取り壊しになりそうな白井屋ホテルをなにか活用できないか?という風にお話いただいたのが、私が『白井屋』という名前に初めて触れた瞬間でした。

 

橋本:僕自身、2012年から街の活性化のための活動をしている中で居場所の大切さに気付き始めた頃でした。定点観測的に街を眺めながら、白井屋ホテルという誰かにとっての居場所が一つ減るということは大きな問題なのではないかと思ったんです。宿泊客以外の住民にとってもホテルの脇道は、50号と馬場川を繋ぐ抜け道として当たり前に存在する生活動線でもありましたから。当時はポートランドブームで、外からくる人が一番長く滞在する場所であり地域住民の憩いの場としても機能していたエースホテルのような場所が前橋にもできれば、と田中さんに話をさせてもらいました。

 

田中:地域の役に立ちたいと、GIA(群馬イノベーションアワード)やGIS(群馬イノベーションスクール)を動かし始めていた頃ですね。僕自身の街への恩返しはこの活動で終わりかな?と思っていた頃かも知れません。不思議なことに、橋本さんからお話を聞いた後にも大勢の方からホテルの立て直しのお話をもらったです。当時は県庁所在地のある街としての地価も最下位で、前橋はこのままだとちょっとまずいんじゃないか、そして今ならまだ前橋も可能性があるのではないか、自分も役に立てることがあるんじゃないか、そんな風に考えるようになりました。起業家としての本能に火がついたのかも知れません。こうやって白井屋ホテルに真剣に向き合うようになりました。

前橋のサグラダ・ファミリアと呼ばれて

田中:当初は、大手ゼネコンのホテル担当の方などにホテル業者などを紹介してもらい外部の方にお願いするイメージでした。ところが、会う人会う人前橋にホテルは無理だと言われたです。「前橋では低単価高回転のビジネスホテル以外は難しい」と。そういうホテルは既に存在していましたし、僕自身も当然宿泊させていただいていました。どうせやるなら人が来たくなるような新しいホテルを作ろう、そんな風に思うようになりました。宿泊客という外からの人と、前橋に住む中の人が交じる場所=前橋のリビングのような空間にしたいと考え、建築家の藤本壮介さんと毎月数時間以上話し合い続けました。

 

橋本:それは時間がかかってしまいますよね。前橋のサグラダ・ファミリアなんて呼ばれていることもありましたから(笑)。

田中:時間がかかっても、価値あるものにしなければ意味がないと思いました。

宿泊客の方にも、住んでいる方にも満足していただけるホテルになるよう、前橋のビジョン「めぶく。」、戦略としての「デザイン都市」、コンセプトである「GreenRelax」を体現したホテルとして、細部へのこだわりを含め妥協は一切しませんでした。

レアンドロ・エルリッヒやジャスパー・モリソン、ミケーレ・デ・ルッキもそういったビジョンや想いに共感し、無償で部屋のデザインなどに協力してくれました。他にも前橋のアーティストの方々をはじめ、国内外の著名アーティストにもたくさんの協力を頂きました。ここでも中と外の交流が実現できていると思っています。このホテルは皆さんの共感の塊なのかも知れません。こういった街の内外の方々の協力で完成を迎えたホテルを見て、写真家の杉本博司さんはフロントに掲出する作品に「海景」のシリーズの中でも、奇跡の海と呼ばれるイスラエルのガリラヤ海を撮影した作品を選んでくださいました。このホテルは「奇跡のホテル」だと。

橋本:長らく工事をしていると、住民の方々はどうなってるの?という興味を持つようになってくれましたよね。そういう意味でもホテルの進行=街の成長とシンクロしていたように思えます。短期間ではなく、めぶくというビジョンのもと、継続して進行するプロジェクトを市民も初めて目の当たりにした事例になるのかなと思っています。

 

田中:前橋のビジョン「めぶく。」の解釈は人それぞれで、この街で生まれる人や産業がチャレンジングなものになるきっかけになれたら良いと思います。ビジネスやものづくりといったカテゴリーでなくても、それぞれの得意分野で行動するための象徴のような存在になれたら素敵ですね。

 

橋本:白井屋ホテルは外の世界と繋がるドアをたくさん持っているホテルになってくれるのではないでしょうか。東京には個性的なお店や新しいカルチャーなどそのドアの多い街ですよね。地方にそういった施設はなかなかありませんから。ホテルには、宿泊客と市民がロビーで待ち合わせたり、訪れる人達に新しいドアが開かれる空間になって欲しいと思っています。

五感を刺激するランドマークのように

橋本:白井屋ホテルの従業員の方が街にいるようになって、今までいなかった人々が街に根付き始めてくれました。商店街にも新しい刺激になっていると思います。住民の方々との新しい出会いやコラボレーションを創出するホテルになって欲しいと願っています。緑の土手やラウンジ、螺旋階段の上からの風景など、街の憩いの場としても街に溶け込んでいってくれるはずです。

 

田中:外観や部屋はもちろん、植栽も含めたホテル内のアート作品も、国内外のアーティストが紡ぎ出すなにかを感じに来ていただきたいと思っています。いいモノ(本物)を見て育った人は感性が磨かれていくはずです。ふらっと一杯のコーヒーを飲みに来る、フレンチを大切な人と食べに来る、丘に登る、外観を目にする、そういった宿泊されない方にとっても、美術館に来ているような刺激を受けられるホテルになっています。五感を刺激するホテルが前橋にあるよ、そんな存在になっていって欲しいと願っています。

 

 

 

 

田中仁

前橋市出身。株式会社JINS HD 代表取締役CEO。一般財団法人田中仁財団 代表理事。JINSを率いる傍ら、2013年より故郷である前橋への恩返しの意味を込め地域創生活動を開始。群馬イノベーションアワード(GIA)や群馬イノベーションスクール(GIS)を立ち上げる。現在では前橋市のさらなる活性化を目指して、多方面で活動中。

 

橋本薫

前橋市出身。建築事務所KAHS-ATELIER代表。一般社団法人前橋まちなかエージェンシー代表理事。前橋工科大学非常勤講師。まちなかにおける数々の建築プロジェクトに携わる。シェアオフィスcommの運用、市との連携で地域おこし協力隊を都市部へ招聘するなど、様々な角度から前橋街中の活性化に奔走する。

 

interview / Keisuke Futakuchi

text / Jin Konishi

photo / Shinya Kigure

 

 

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